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推理小説家の石井竜生が、『ヴォートリン日記』にかねてから興味を持っていて、英語版も手に入れて調べていくうちに、岩波書店から出ている笠原十九司著『南京事件』に、日記原文改竄の疑いのある個所に気が付いた。

岩波新書『南京事件』(1997年版)200頁には次のような記述がある。

「クリスマスがきた。街にはいぜんとして殺戮、強姦、略奪、放火が続き、恐怖が吹き荒れている。ある宣教師は”地獄の中のクリスマスだ”といった。」とヴォートリンは日記に書いた。(「ヴォートリン文書」)

が、『ヴォートリン日記』の英語原文では、次のようになっている。

At Christmas dinner today Searle Bates said he had been trying to write an article on “Christmas in Hell.”  It really has not been that for us at Ginling; in fact we have had some bits of heaven on our campus … although the day certainly has been different from any Christmas I have ever experienced at Ginling.

(今日のクリスマスディナーで、サール・ベイツは「地獄のクリスマス」という記事を書こうとしていたと言いました。金陵では、実際は地獄のクリスマスではありませんでした。むしろキャンパスで天国のようなひと時を過ごしました。もっともこの日は、私がこれまでに金陵で経験したどのクリスマスとも全く違う一日でした。)

笠原の記述は『ヴォートリン日記』の原文とは大きく違う。原文には、「殺戮、強姦、略奪、放火が吹きあれている」という言葉はないだけでなく、「ある宣教師は地獄のクリスマスだと言った」というのも不正確で、サール・ベイツが「地獄のクリスマス」という記事を書こうとしていた、というのが正確であり、「地獄の中のクリスマスだ」とも書いていない。それどころか、金陵では「実際は地獄のクリスマスではありませんでした。むしろキャンパスで天国のようなひと時を過ごしました」と全く逆のことが『ヴォートリン日記』では書かれているのだ。

すなわち、笠原はヴォートリンは実際は「地獄のクリスマス」ではないということを日記に書いているのに、笠原は、あたかも「実際が地獄のクリスマスである」かのような文章に“改竄”しているのである。

石井竜生の問題提起を受けて、南京問題に詳しい数人ほどの仲間で、岩波書店と笠原十九を糾弾する書簡を突きつけようということになり、検討の結果、推理作家石井竜生、南京事件研究家阿羅健一、史実を世界に発信する会代表茂木弘道の3名の名で2025年10月27日付で、11月一杯の返答を求めて公開質問状を岩波書店宛に送付した。

その回答が11月末に岩波から届いた。そこでは次のような説明がなされていた。

岩波新書『南京事件 新版』(旧版も含む、以下同)で紹介した「クリスマスがきた。街には・・・」という文書の出展は、ヴォートリン『日記』ではなく、典拠として示した「ヴォートリン文書」(イエール大学所蔵)の Ginling College Correspondent  Vautrin Wilhemina RG 11 Box 145 に存在するタイプ原稿です。(File 2876) 原文が以下のリンク先で公開されていますので、該当箇所を引用します。(PDFの57枚目、0644)

Christmas came at a time when killing and raping, looting and burning and terror were still rampant in the city. As one missionary expressed it, it was “Christmas in hell.”

(クリスマスがきた。街には、依然として殺戮、強姦、略奪、放火が続き、恐怖が吹き荒れている。ある宣教師は “地獄の中のクリスマス”だと言った。)

したがって、ご指摘の個所はヴォートリンの文章に基づいたものであり、笠原氏が改竄した事実はありません。

よって、『ヴォートリン日記』ではなく、『ヴォートリン文書』にはそのように書かれていることが判明した。

しかし、第1に、この『ヴォートリン文書』なるものの正体はどのようなものか。そして、第2に、同じ12月25日のクリスマスについて書かれた文書が、どうして似て非なる異なる文章になっているのか。『ヴォートリン日記』はヴォートリン自身が書いたということは疑う余地がなく、これが一級資料であることには全く疑いはない。では、『ヴォートリン文書』はいかなるものなのか。このクリスマスに関して、もしヴォートリン自身が書いた文書である、とすると同一人物が全く逆の文章を書いたということになってしまうが、どう考えてもヴォートリン自身が日記で書いてことをこのように全く逆になる文章を書いたとは思えない。つまり『ヴォートリン文書』は、編集者の誰かによって書かれたものなのではないか、という疑惑が出てくる。つまり、『ヴォートリン文書』の記述は明らかに改竄である。

『ヴォートリン文書』に関するこうした疑惑に加えて、さらに重大な疑惑は、笠原十九司はなぜ、『ヴォートリン日記』という第一級の資料を使わないで、わざわざ『ヴォートリン文書』という第二級文書の文章を敢えて使ったのかという問題である。笠原は『ヴォートリン日記』原文タイプ文書をイエール大学図書館からコピーして持ち帰り、この翻訳本『南京事件の日々』の解説を書くなど、極めて内容に精通しているはずである。したがって、クリスマスについての『ヴォートリン日記』の叙述は、よく知っていたはずである。にもかかわらず、よく知っているヴォートリンによる間違いなく自筆の『ヴォートリン日記』の記述を使わなかったのはどういうことか。少なくとも、『ヴォートリン文書』から引用したとき、注記でもして、『ヴォートリン日記』の記述では逆になっていることを紹介すべきであった。『ヴォートリン日記』の記述を紹介せず、上記の新書のように書いたのは、直接の改竄ではなくても、改竄に与したことになることは明らかで、やはり広い意味では改竄である。

1997年に出した初版でこの改竄行為を行ったことがその後誰からも指定されることがなかったのをよいことに、昨年(2025年版)でも、これをそのまま載せているというのは、研究者としての良心はどうなっているのか、そのことが大きな問題になる。

南京事件はこれまで東中野修道や阿羅健一らを中心に研究が進み、今では、南京事件は存在しなかったことが完膚なきまでに証明されている。上記『ヴォートリン日記』と『ヴォートリン文書』では『ヴォートリン日記』の記述の方が正しいということは十分に証明されているのだ。そういう状況で、南京事件はあった方に与する改竄といえる史料を使って、あたかも真実の『ヴォートリン日記』はなかったかのようにして南京事件はあったと言い続けることは、研究者として「知的素直さ」「知的誠実さ」を持ち合わせておらず、研究者として資格のない人物ということになるのではないか。

このような趣旨で第2信を同じく3名の名で12月20日付(1月末までの返信締め切り)で岩波書店に送付した。続報が楽しまれる。

(令和8年1月20日報道)

高市首相が李韓国大統領を奈良に招いたのは正解だった。奈良時代、朝鮮半島の統一新羅との仏教の交流は盛んだった。奈良時代に入る少し前の話しだが、新羅の僧に元暁という僧侶がいる。新羅浄土教の先駆者で、日本の浄土系の仏教にも影響を与えた僧である。661年ころ、日本では663年の白村江の戦いの少し前だが、元暁は仏教の勉強のために唐に向かって旅に出た。ある夜、泊るところがなく洞穴に入って寝た。夜、のどが渇いて目の覚めた元暁は暗闇の中で手探りで器のようなものに水が溜まっているのを見つけてその水を飲んだ。翌日目が覚めると、水の入った器というのは骸骨の器だった。思わず飲んだ水を吐き出そうとした。その瞬間に覚った、「すべては心の中から生まれ、心の中で消える」と。そして仏教の勉強は唐に行かなくても新羅にいてもできると。

奈良時代の奈良は、日本と朝鮮半島の交流の盛んな時代だった。そのことを思い出させる高市首相の、李大統領を奈良へ招待したのは正解だった。1月13日、高市首相とドラムをたたきあった李大統領は慰安婦問題を外交問題に持ち出すことはないであろう。

が、油断は大敵、1月14日の産経新聞よれば、去る6日、韓国国内では慰安婦像の撤去を求めている運動を厳しく批判、警察はデモの取り締まりを強化したようだ。つまりは金柄憲国史教科書研究所長らが取り組んでいる運動を弾圧しているということだ。

(令和8年1月15日報道)

昨年12月28日、「12月18日にソウルにて性奴隷派がシンポジウム開催」と題して報じたが、このシンポジウムに吉見義明中央大学名誉教授が「日本軍「慰安婦」問題研究の成果と課題」なる論文を寄せ、公表していた。(下に掲載)

吉見義明といえば、1992年に慰安婦に軍が関与していた資料を発見したと報じられて、それが原因で、当時の宮沢喜一首相が韓国で8回も謝罪したということで有名になった研究者だ。

だが、軍専用の民間慰安婦施設で、慰安婦の性病の蔓延の防止等、軍として必要な関与はしていたものの、あくまでも民間の施設であり、軍の設置した軍の施設ではなかった。今日では当時言われていた軍による慰安婦の「強制連行」は存在しなかったことが明らかになっており、また慰安婦は慰安婦施設の経営者と契約を結んで慰安婦施設に入り慰安業務をこなしていたことが、アメリカのハーバード大学教授ラムザイヤー等によって明らかになっている。

そこで吉見の本論文では冒頭で「従軍慰安婦」という用語を避けて「日本軍「慰安婦」」という用語を用いることにしたと言っている。その点では資料に忠実で、「捏造」も「改竄」もしていないといえよう。

が、軍「慰安婦」は「性奴隷」であったとは許されない飛躍だ。確かにこの論文で指摘しているのだが、1935年、内務省警保局は「公娼制度対策」という文書で「奴隷にも等しき公娼を認めつつあるが如きは我国家本来の面目を存すること著しきものあり」とあり、慰安婦の慰安婦施設での就業実態に、あたかも「性奴隷」かのような実態がある場合がありえたかもしれない。だとしても、慰安婦施設の経営者との間で契約書を交わして業務に従事していたとすれば、制度としての「性奴隷」ではありえない。交わした契約書に照らし合わせてみて、慰安婦施設内で、違反行為や、そして違法行為、不法行為があった場合、その賠償責任は、慰安婦施設の経営者が負うべきもので、軍が負うべきものではないであろう。軍専用の施設であり、軍があって初めて存在する慰安婦施設であるから、慰安婦施設内で起こった違反行為、違法行為、不法行為に対する賠償責任は軍が負わなければならないというのは法的には成りたたないことである。女性への強制性交は男性がいることによって起こることであるから、全ての男性はバッシングされなければならないという飛躍と同程度の飛躍であろう。

すなわち日本軍の慰安婦施設で働いた韓国の元慰安婦は法的に成り立たない賠償を求めているというべきである。

なおかつかかる違反行為や違法行為、不法行為による賠償には、法的には時効というものがあって、戦後になって一定期間内に提起した損害賠償でない限り、訴えられた側に賠償責任は生じないはずだ。賠償問題では、たとえ軍に賠償責任がある場合でも、つまりそこから延長していって日本政府に賠償責任があるとした場合でも、戦後しばらくは日本と韓国の間には交渉がなく、その間、時効が停止していたとしても、日韓の国交が始まった1960年に結んだ請求権協定で、日本は韓国国内の賠償責任は負わなくてよいことになったので、日本国政府に対する賠償請求に相当するものは韓国政府に対して行うべきものになったのである。

すなわち、旧日本軍に対する慰安婦業務に従事した韓国慰安婦が日本政府の損害賠償を求めるのは、法的には2重にも3重にも4重にも成り立たたないことなのだ。

吉見義明のこの論文は、前述のように、「捏造」や「改竄」はないものの、制度的に「性奴隷」でないものを「性奴隷」といい、法的に賠償責任の存在しない日本政府に賠償責任があるかのように見せているので、これは「詐偽」ということになるのではないか。

吉見義明がこの論文で「詐偽」を行っているといえるとすれば、明らかに吉見義明は研究者の資格を失っているといえるのではないか。

韓国国内で本来請求できない請求を日本政府に行っているいわゆる性奴隷派の運動に、このような「詐偽」といえるかもしれない論文を発表して加担する吉見義明は、それを取り巻く周囲の状況から見て、なぜ韓国国内の慰安婦の運動に加担するのか、それを問われてよいことになりはしないか。日本軍の慰安婦をとなっていた者には日本女性も多数いる。そうした女性の問題はなぜ問題にしないのか。ソ連参戦の際のソ連兵による日本女性への強制性交はひどかった。そうしたことにはいっさい触れないで、日本軍における韓国の慰安婦のみを問題にするのは、研究者として必要な「知的公正さ」「知的素直さ」「知的誠実さ」を持っていないといえるのではないか。だとしたら、吉見義明は研究者としての資格を根本から持っていないといってよいのではないか。

もともと軍隊には有史以来、姓の問題が付きまとっている。現在に存在する韓国軍隊にも性の問題は存在する。そうした問題をいっさい問わず、日本軍における韓国慰安婦のみを対象にして、「性奴隷」ではないのに「性奴隷」だとして、そして成り立たたないのに成り立つとして賠償を追及する韓国国内の運動に、吉見義明はなぜ加担するのか。そんなことによって日韓の信頼関係の構築がいかに妨げられているといえるか。そんなことを考えれば吉見義明には研究者としての資格がないのみならず、邪悪な政治的意図を持っているとまで言ってよいということになるのではないか。

以下、吉見義明の当該の論文を掲載しておく。

昨年11月国際歴史論戦研究所主催の日韓シンポジウムで韓国の教科書の慰安婦に関する記述を報告した、韓国国史教科書研究所所長金柄憲はYouTube「日本の窮状」チャンネルのインタビューを受け、韓国内で正義連に対抗する運動のことで窮状を訴えている。

正義連は金額順の証言を依拠として強制的に連行されたと主張してきた。2011年12月にはソウルの日本大使館前に慰安婦像を設置した。毎週水曜になると日本大使館の前でいわゆる「水曜デモ」を開催し、1700回を数えている。この水曜デモは「外交に関するウイーン条約」に違反しているので、国際的にも違法な集会である。金は、いわゆる正義連に「嘘を言うな」と繰り返し訴え、水曜デモの中止、慰安婦像の撤去や「慰安婦被害者法」の廃止を訴えている。

インタビュアーの「韓国の慰安婦運動に少数で反論することは孤独な戦いでは?」との問いに、金は人間関係の断絶に悩む。友人が離れていく、家族での分断が起きており、親しい人との断絶は精神的な苦しみであると答えた。

訴訟も起こされ、民事・刑事事件で合わせて13件も起こされており、弁護士費用だけで200万円ほど要している。最初に訴訟が提起されたときに書類が自宅に送られてきたが、このとき書類が分厚くて驚いたそうだ。

世界中、特に欧米を中心に世界に30体ほど設置されている慰安婦像について、「日本軍が戦争犯罪として強制的に慰安婦を暴行したり殺害したりして、その被害者女性を追悼する」として建てられているが、しかし、慰安婦の話はデタラメであり、でっちあげである。特にドイツ・ベルリンに拠点を持つ韓国系市民団体、コリア協議会は元慰安婦の韓国女性とナチスが行ったホロコーストを同列に扱って扇動している。ホロコーストは実際に行われたことであるが、慰安婦が殺された事実はない。

この慰安婦像はドイツ当局によって撤去されたが、韓国系市民団体は当局者に英語で抗議文を渡し、慰安婦像の横で抗議デモを行った。当局は展示期間が終了したために撤去した」と回答しているが、金はインタビューで自分たちの活動が影響したと見て間違いないと話した。

韓国で反日感情を持つことは世論として当たり前のことになっていて、反日的な主張が日々まかり通っており、反日教育がなされ続けているが、韓国国史教科書研究所所長金は、歴史の教科書に載っている慰安婦の誤った記述を正したいと強く訴えている。

インタビュー動画は以下のリンクから見ることができる。

【日本の窮状】慰安婦の急先鋒が暴く 「慰安婦」の嘘 韓国 慰安婦被害法改定への長い道のり
【日本の窮状】緊急来日&独占取材 反慰安婦運動 孤独との闘い 殴られても立ち向かう
【日本の窮状】慰安婦問題 終焉へ! 反日教育への対抗 慰安婦像撤去運動 韓国・教科書の大ウソ

なお、金柄憲の昨年11月の国際歴史論戦研究所主催の日韓シンポジウムにおける歴史教科書の発言は、当HP報道で、動画YouTubeは国際歴史論戦研究所およびなでしこアクションのHPで見ることができる。

国際歴史論戦研究所 「【開催報告】第四回 日韓合同シンポジウム2025 開催!~11月27日(木)文京区民センター
なでしこアクション 「第四回 日韓合同シンポジウム2025 開催!~11月27日(木)文京区民センター

(令和8年1月12日報道)